闇にひとつ炬火あり―ことばの狩人カール・クラウス (1985年) (水星文庫)

闇にひとつ炬火あり―ことばの狩人カール・クラウス (1985年) (水星文庫) の詳細

本書は、オーストリアのジャーナリスト・作家で、「炬火」という雑誌を舞台に（1899年に創刊され、1936年まで続く。1911年終わりからはクラウスの個人誌となっています）歯に衣着せぬ辛辣な批判と風刺で知られるカール・クラウスについて書かれています。ある程度、伝記的事実についても辿られていますが、いわゆる「評伝」とか「伝記」ではなく、クラウスが活躍した時代のオーストリア、彼の作品の魅力などがたっぷりと語られています。なかでも、その言葉の力について書かれた第5章「ことばと戦争」は全体の4割近くを占め、その大半は、時代背景が分からないと理解しづらい代表作でもある戯曲『人類最期の日々』の解説にあてられています。また、20代の時に女優に熱を上げたことがあったものの、「女ぎらい」だと思われていたクラウスが40歳直前から死の直前まで手紙を書き続けた女性シドニー・ナデェルニィとの恋物語を描いた第6章「一〇六五通の恋文」がクラウスの見えざる一面に光を当てており、極めて印象的です（この手紙をまとめた書簡集は、日本では未発売です）。ただ、クラウスは1930年代の後半、隣国ドイツでナチスが台頭した時に「沈黙」という手段をとったこと、反ナチスであったものの独裁者でもあった当時のオーストリアの首相ドルフス（ドルフース）を支持したことなどにより、批判・非難されます。この点に関しては第8章「ことばとナチズム」で第二次世界大戦後にようやく日の目を見ることになった『第三のワルプルギスの夜』に触れながら、著者はクラウスの立場を弁護しています。ただ、この晩年のクラウスの政治姿勢と、強いインパクトを持ちながらもジャーナリスティックな煌めきが持ち味だったため、時代が変わることで理解されにくくなったこともあったため、シュニッツラーやホフマンスタールといった同時代の文学者たちに比べると、その作品に親しむ人が少ないのは残念です。